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-1. 帰ってきたクーカイ (2016-06-30 18:23:42)

 ここでは音楽以外の事について書きたいと思う。

 履歴書の趣味の欄に、「音楽鑑賞・読書」と(実際そうなんだよな)と思いながら書いていた人間なので、読書について書くことにする。

 読書量は、多分多い。
 仕事の関係で、読まなければ(仕事に)ならない読み物が多い。
 それだけでなく、そもそも子供の頃からフィクションが好きだった。

 だけど仕事関係以外は、純粋に楽しみのための読書なので、まぁ、まぁ。という感じ。

 備忘録的に書き込みます。


0. 帰ってきたクーカイ (2016-06-30 18:45:46)

 好きな作家について

 読書体験で、最初期にはまった作家さんについて書く。

 眉村 卓 さん。

 初めて小遣いで本を購入して、いまだに手許に所持しているのは、この方の『ねらわれた学園』(昭和51年7月30日初版)である(持っているのは昭和56年9月20日発行の第32版)。

 どうして本屋で手に取ったのか。

 決まっていますよね。
 薬師丸ひろ子さんが表紙だったからだ。

 当時(から数年後まで)、角川文庫は“メディア・ミックス”の手法で事業展開しており、自分のところで出版している書籍を原作とした映画を製作、配給していた。
 当然、テレビを見ていると映画の宣伝が流れる。
 するとそのCMに心惹かれた、どこかの片田舎(ド田舎か)に住むガキ(俺のことね)も興味を持って、小遣い握りしめ本屋のレジに並ぶわけだ。

 でもそれは全然悪い事ではなかった。

 『ねらわれた学園』は名作だからだ。

 実のところ、映画は見たことがないから全くコメントが出来ないのだが、眉村卓さんの原作は、単なる「ジュブナイル」というカテゴリーを超えて、普遍的な問題を提示している。学ぶことについて。親について。他人と違うことについて。少年(少女)の時期を過ごすことについて。

 今、いちいち読み直してコメントを書いていないので、多少「なんだよ、想い出補正かかってんじゃないの?」と言われることを書いているかもしれないが(それは以下に記入されるであろう書き込みの、全てに該当する。もうほとんど読んだ想い出や読後感に従い書き込むつもり)、大筋では誤ってないはずだ。

 と、書きつつ、本の内容に全く関係ないことで締めてしまいます。

 「中高生の頃、薬師丸さんが同級生だったらなぁ」


1. 帰ってきたクーカイ (2016-06-30 19:03:29)

 好きな作家について その2

 なんといっても横溝正史先生ですね。

 子供の頃、子供向けにアダルトな部分は削除して、集中力の続かない子供でも読み通せるように、色々と切ったり詰めたりしたヴァージョンの『八つ墓村』を読んだ。
 もちろん手に取った理由はテレビCMっすよ。
 まったく、角川書店のメディア・ミックスの影響は絶大なものがある。

 子供って、妖怪とか幽霊とか、オドロオドロしいものが好きじゃないですか。
 怖いもの見たさっていうか。
 うちの子供等も言っていたもんね。「ねぇ、怖い話して」
 怖い話を聴いて寝られるんだろうかと思わなくもないけれど、しちゃうんだけどね。

 『八つ墓村』の優れた箇所は、いくつもあるんだけれど、ミステリーであるにもかかわらず怪奇なテイストがあり(この作家の他の作品でも言えるよね)、それでいて超ロマンティックな話なんだよね(こういう嫁さん欲しいな、と思った。あり得ないし、この女性だって結婚後どんな変貌を遂げるか、わかったもんじゃないけど)。

 大人になってから読むと、「う~ん。これは現実的に考えると、結構考えちゃうなぁ」というシチュエーションもあるわけなのだが、読んでいる最中は勢いで乗り切っちゃって、あまり気にならない。
 そういう意味では緻密な部分は(ミステリーだから)多いんだけれど、豪快かつ爽快な作品。まさしくエンターテインメント。

 名作っすね。 


2. 帰ってきたクーカイ (2016-06-30 20:17:06)

 好きな作家について その3

 やっぱりレイモンド・チャンドラーでしょう。

 最近、村上春樹さんが翻訳してくれていて、以前読んだ作品をもう一度楽しめる。一粒で二度美味しいというのは、まさにこのこと。

 あえて清水さん訳の題名で書くけれども、やはり最も印象に残っているのは『長いお別れ』かな。
 人によっては「女々しい」と言うかもしれないけれど、なんだか分かるなぁ。この感覚。いや、ここまで出来るような(したくなるような)友人はいませんがね。

 マーロウの魅力は、自分が設定した基準を頑固なまでに曲げないところだ。そしてその基準は独りよがりで手前勝手なものでは全然ない。「どうしてそこまで出来る」と思わせてしまうような、自己犠牲を強いる基準。

 「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格はない」

 強いからこそ優しくできるわけだが、優しいからこそ強くなれるのかもしれない。

 村上春樹さん。次は『プレイバック』をお願いします。 
 


3. 帰ってきたクーカイ (2016-07-08 19:07:43)

 番外編 映画について その1

 先日観に行った『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』。
 結論から言っちまうが、この映画、ロックが好きなら絶対楽しめる。まだ観に行っていないなら、早めに映画館で観ておいたほうが良い。

 まだ公開中だから、ストーリーの細部については語らない。
 小説のジャンルにスラップスティックというのがあるのだが、それに近いかなぁ。ドタバタ喜劇が尋常じゃないスピード感で展開していく。しかし笑いだけじゃなくて、ホロっと泣かせるシーンもあるし、しみじみと青春時代を追想させてしまう、甘く切ないシーンもある。名画だと確信する。

 この映画の前に観た映画は、『STAR WARS』のエピソード7だったのだが、これも(さすがに子供の頃にワクワクして観たエピソード4~6には敵わないけれど)とても良く出来ていた。だけど、観終って「もう一度映画館で(要するに、もう一度金払って)観たいな」とは思わなかった。いや、出来がそこそこだったのではなくて、ほとんどの映画は一度観れば満足してしまう。
 だが、本作は「もう一度(じっくり)観たい」と思った。実のところ、近日中にまた映画館に行くかもしれない。

 ドタバタは小説でも映画でも非常に難しくて、あり得ない設定やら展開やらを、上手く話しの流れの中で読み手・観客に説明しないといけない。また、一見滅茶苦茶な世界だったとしても、ルールがきちんと定められ、それが守られていないと読み手・観客は引いてしまう。そりゃあそうだよね。話の展開で“さっきはこうだったもの”(つまりルール)が、どんどん改変されていたら、それは単なるご都合主義でしかないから。

 本作は、その辺がきちんとしており、随所に笑いのタネも仕込まれ、なんだか凄いメンツがギターを弾くシーンで出ており、まぁとにかく楽しい。

 観終えて、尾野真千子という女優を改めて発見し、邪子役の清野菜名さんの素顔をブログで拝見し、ビックリしました。二人とも演技(清野さんはほぼ鬼メイクで)のキレっぷりは見事。素晴らしいキャラクター造形だ。
 キレっぷりといえば、当然、長瀬さんのそれは天下一品。この人、良い役者だねぇ。神木隆之介君(設定上の年齢では、ほとんどうちのセガレと同じ)のビシビシ突っ込みというかリアクションが決まる、今時の高校生あるあるな演技も最高っす。

 邦画って子供と一緒に観るアニメや仮面ライダー以外ほとんど観ないのだが、本作は名作。日本の映画も面白いね。今更ながら。

 あ、サウンドトラックも良い曲そろっていました(名曲も含む)。
 やっぱ、買っちゃおうかな。


4. 帰ってきたクーカイ (2016-07-09 19:34:41)

 好きな作家について その4

 トニー・ヒラーマン

 随分前、ハヤカワで「ミステリアス・プレス」というシリーズというか出版枠を設定して、海外では定評があるものの日本ではこれから、という作家の作品を紹介していた。その中で、アーロン・エルキンスと共に嵌ってしまったのが、この人。

 紹介されていたのは、ネイティヴ・アメリカン刑事もの。ジョー・リープホーンとジム・チーの二人が絡む作品が、とても良かった(それぞれが一人で活躍する話もあるのだが、キャラも職階も違う二人が出てくる方が、緊張感と話の展開の絶妙さが3割以上増す)。

 トニー・ヒラーマン自身はナヴァホではないのだが、民族学の成果を良く勉強されているように感じた(とはいえ、私自身はネイティヴ・アメリカンの研究者ではないので、どの程度なものか正確にはわからないのだが)。

 話を面白くしているのは、ジム・チー巡査がナヴァホの新米呪術師だということ。要するに本職は警察官なのだが、副業で呪術師の仕事もしているのだ。この点において本シリーズは、通り一遍のミステリとは大きく異なっている。

 結局ハヤカワミステリの定番商品にはならなかったみたいだが、ミステリアス・プレスの中では結構な数が紹介されていた。
 どれも面白かったな。


5. 帰ってきたクーカイ (2016-11-04 18:29:29)

『Lemmy/WHITE LINE FEVER』(『レミー・キルミスター自伝/ホワイト・ライン・フィーヴァー』)

 実は亡くなる前に一度店頭で手に取った。
 冒頭を読んで(おもしれえな。これ)と思ったのだが、価格がCD一枚分するので(う~ん。ちょっと高いな)とその時は購入を見送った。
 だが忘れられなくて、しばらく後にやっぱり購入しようと最初に本を見つけた店に行ったら無かった。
 他の本屋(結構大きめの)でも無い。
 そうこうしているうちにレミーが亡くなってしまった。
 それでも店頭では見当たらない。

 (こりゃあ読めないで終わるかな・・・)と思いつつ、取り寄せて読もうとか、ネットで注文してまでという気にはならなかったのだが、先日最初にこの本を見つけた店に行ったら置いてあった。今回は買いました。

 これがとっても面白い。
 巻を置くのを能わずというのは正にこのことで、一息に読んでしまった。

 私は正直「自伝」は苦手で(そもそも「伝記」が駄目かも)、これまで読み通したものが無いのだが(今、『マルコムX自伝』とジョー・ペリーの自伝・・・これは結構面白いので、そのうち続きを読むだろうが・・・が塩漬けになっている)、レミーの自伝である本書は、本当に面白かった。

 これは執筆のフォローをしている(レミーが語ったことを文章に起こしているのか、書いたことを整えているのかはわからないが)ジャニス・ガーザが良い仕事をしていることもあるのだろうが、レミー本人の話がとてつもなく面白いというのは間違いない。ただ、何があってこう思ったというだけでなく、一段深く掘り下げてレミー自身の人間性が垣間見える話となっている。そこから見えるのは、何に対しても公平で(一例を挙げると、女性に対しても同性愛の人に対しても差別的ではない)、かつ正直で(これも一例を挙げると、ドラッグの使用に関しては誤魔化しのない記述に思える)、ユーモア精神に富んだ(本書の特長の一つ。色んな場面描写やそれについての見解がやたらと可笑しいのだ!)、とても頭の良い人物像(頭の良し悪しは学歴ではない事がわかる)である。
 まぁ、レミーの人物像はさておいても、バンドの浮き沈みやら破天荒な武勇伝というのがそもそもとんでもなく面白い。本当に。

 もう一つ特筆すべきは、本書を訳した田村亜紀さんの上手さだろう。
 レミーが目の前で語っているような訳文は、正直舌を巻く出来栄えだ。凄いと思う。お名前からおそらく女性だと思われるのだが、訳しにくい所も多々あったろうに、逃げのない仕事ぶりも賞賛に値する。

 というわけで、とっても面白い本です。見つけたらすぐ買ってください(別に出版社の回し者ではないけれど)。

 2015年4月16日 初版第1刷発行
 発行:ルーフトップ/ロフトブックス編集部
 定価:2900円+税


8. 帰ってきたクーカイ (2017-01-12 23:09:38)

 体調を崩して数日寝込んでいたのだけれど、発熱していると睡眠が簡単にとれないんですよね。熱が上がってくるときは悪寒がするし、身体の節々が痛いし。
 仕方がないので数年前に入手して山積みになっていた本の中から数冊やっつけることにした。
 家人は「あんた調子悪いのになんで寝てないのよ」と冷たい目だったが、寝られないんだって。ぐっすり寝ることが出来るのは健康の証しだと、改めて思いましたね。

 ①『ディアスポラ』 グレッグ・イーガン 2005年発行 早川書房
 これは多分書いてあることの半分も理解できていないと思うのだけれど、その話の筋立てを追っかけているだけで面白かった。
 私はハードSFの熱心なファンではないのだが、解説などを読んだ限りではどうもハードSFの極北と言っても良いくらい、ある意味で非常に難解な作品らしい。いや、「らしい」じゃなくて実際にとても難しかった。だけれども、展開がとてもスピーディーで(理解できない理屈の部分はチャチャっと読み飛ばしても全然問題ない)、次から次へと危難が襲ってきて、風呂敷が信じられないくらい広がっていく。とてつもなくスケールの大きい作品です。
 ちょっととっつきにくいところ(こともあろうに序盤が一番難しい)があるけれども、いかにも「SFを読んだぁ!」という気にさせてくれる名作です。

 ②『果しなき流れの果に』 小松左京 2011年第7刷発行 角川春樹事務所 初出は『SFマガジン』昭和40年2~11月号
 スケールの大きな作品といったらこれも読んでおかなければ、ということで日本SF界のゴッドファーザー(ちょっと違うか?でも日本を代表するSF作家であることは間違いない)の代表作もいきました。
 これは・・・。大勢の人がオールタイムベストに押すのも当然ですわ。と納得の傑作。発表から半世紀経っていても全く古びていない。まさに不朽の名作。イーガンの風呂敷の広げ方には驚いたが、本作もガッツリ広がっている。時間軸は億単位、座標軸は光年単位です。しかもアクションもロマンも詰め込まれており巨匠の仕事に恐れ入るばかりです。

 ③『闇の左手』 アーシュラ・K・ル・グィン 2006年26刷発行 早川書房 原著は1969年発表
 これも一見堅そう(やや難しそう)なので後回しにしていたのだけれど、読んじゃえ、ということで読みました。
 作者は『ゲド戦記』を書いた人(ジブリの『ゲド戦記』を思い浮かべ、「あぁ、あれね」と思いジブリのそれしか知らない方がいたら、あれはシリーズタイトルと一部登場人物の名前を拝借した全く別の物語です)で、ファンタジー/SFの世界では大家ですね。
 この本も多くの人が名作というだけのことがある作品です。
 舞台となる世界の情景や登場人物の心の描写がとてもリアルで、ネタばらしはしませんがストーリーが泣けます。

 久しぶりにSFを読みましたが、やっぱり良いもんですね。
 熱も下がって、頭もすっきりクリアになりました。


9. 帰ってきたクーカイ (2017-01-13 21:35:58)

 『闇の左手』その2

 前項を書き終え読み直してみると、3番目の『闇の左手』がやけにあっさり味。それに書き残したことがムクムクと頭の中に沸いてきたため「その2」。

 「リアル」というのは別の言い方をすると「自然」。世界や人物、人物の行動や心の動きなど全てが自然に感じられるのだ。要するに世界の設定や人物造形に無理が無い。SFなわけだから実在しない世界や人物が(わんさかと)登場してくるのだが、読んでいると本当に息をしている人々の話を読んでいるような、窓から外を覗いたらその景色が見えるような気分になってくる。
 その行動の描写も肉体感覚がすんなり伝わってくるもので、疲れや痛みが切実なものとして感じられる。
 また一人称なので心の動きは当人からの説明があるため、三人称で書かれるよりはわかりやすい。しかし、独白なので全てがきれいに説明されるわけではなく、人物が心中で語るその言葉は語っている本人も気づいていない悲しみや恐れなどが存在することを感じさせるのだ。いや本当にリアル。

 SFは作者が設定を自由にできる可変域に限度がない。要するに吹こうと思えばどんな大法螺でも吹ける。しかし大法螺もリアルな大法螺だと楽しめるのだ。逆に見え透いた嘘は退屈。リアルさにかける大法螺はつまらないのだ。
 そのような意味で『闇の左手は』とてもリアルな大法螺だ。

 そして『闇の左手』というタイトルの意味は終幕に近いページでさりげなく知らされる。
 読み始めた時には「どうしてこのような陰鬱なタイトルを・・・」と思っていたのだが、その意味するところがクルンと反転して全く別の意味を帯びた時の、なんだか小さな驚きというか感心というか・・・。
 こういう細部にわたって精緻に丁寧に作り込まれた仕事を見ると、本当に感心・感動する。

 ル・グィンは村上春樹やチャンドラーのように見事な比喩やスマートなセリフを使うわけではないのだが、その話は「絵」になる。読み終えた後、印象的なシーンが綺麗な絵になって浮かんでくる。登場人物の会話で心に残るものがある。

 まったく見事だ。



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