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八代亜紀
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解説 - 八代亜紀

同じはスキーボイスの歌手、ジュリー・ロンドンに感銘を受けてクラブ歌手を志し、親の反対を押し切ってバスガイドを退職、銀座のクラブ歌手としてキャリアをスタートさせる。1971年、テイチクより「愛は死んでも」でデビュー。「なみだ恋」が120万枚のヒットを記録して以降、人気歌手の仲間入りを果す。1979年に初の男歌である「舟唄」が大ヒットを記録し、1980年には「雨の慕情」で日本レコード大賞を受賞。以後も演歌の名作を歌い続ける一方、「花(ブーケ)束」のようにファン以外に支持されてロングヒットを記録するなんてことも。「なみだ恋」に関してはトラック野郎から支持されており、自身を模した観音様が描かれたデコトラが多数出現した。

2012年には小西康陽プロデュースによるジャズアルバム『夜のアルバム』をリリース。楽曲は世界75か国で同時配信され、歌手活動42年目にして世界デビューを果す。マレーシアのiTunes Storeジャズチャートで1位を獲得したのをはじめアジア諸国でも上位を記録(シンガポール2位、台湾4位、香港7位)、またオリコン・アルバムチャートにおいてはデイリーチャートで最高9位、週間チャートで最高20位を記録。現在は演歌コンサートとジャズライブを平行して行っている。

フランスの「ル・サロン」展に5年連続入選、日本の芸能人として初の正会員となる程の腕前を持つ画家でもある。
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