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Promised Land / QUEENSRYCHE
絶叫者ヨハネ ★★ (2006-02-24 21:00:00)
続きです

しかしこのアルバムを覆う空気は本当に独特です。たんに「暗い」では済まされないほど、影が濃いというか、「……そして陽は落ち、辺りに闇が降り立った」ような黄昏色のイメージというか……。とにかく全編にわたって深い喪失感と虚無感に包まれています。
非常に内省的な雰囲気ですが、同時に得体の知れない不安感が漂っています。まるで音で表現された「実存的不安」です。あたかも目の前に果てしなく広がる、「無の荒野」をまえにして、独りたたずんでいるような感覚。「約束の地」というタイトルは何から何まで実に逆説的です。

スタイル的にはデジタルな感覚が優勢だった以前と違い、アコースティックな要素が表に出てきていてます。しかし、これは叙情を歌い上げるというよりは、フォーク・シンガー的(ボブ・ディランとかスザンヌ・ヴェガ)な現実の批判的描写や個人感情の訴えというアプローチで用いられているようです。
実際、今作での彼らは、個人の内面から対人関係、社会関係における、どうにもならない「人間の悲哀」とか「人生の無常」(特にBridgeとOut Of Mindの歌詞は悲惨)をひたすら歌っているように聴こえます。そして個人の抱える様々な問題が、結果的に現代社会の歪みと病いの縮図としてリンクしてくる、というドキュメンタリー的な手法の冴えが光っています。
よってリスナーはこれをパーソナルで哲学的・実存的なテーマの作品として聴けるし、また極めて社会的な問題意識をもった作品ととらえることも可能です。もちろん何も考えずにただなんだか深そうな音楽だなあ、と聴くのもアリ。テーマの解釈&掘り下げ具合をもっぱら聴き手側の意識に委ねているという意味で、なかなか奥ゆかしい作品といえるでしょう。

作品の表層的な部分はこれくらいにして、より内奥の、この音楽が聴き手の精神にもたらす作用と印象について少し述べてみましょう。これもまた非常に独特です。
無類の音質のよさとあいまって、音の微細な響きが途方もなく深遠で、感情とか知性の領域よりもさらに深い層まで入り込んでくるような感覚です。聴いている時の意識状態に注意を向けてみると、通常のHMを聴いている時とは明らかに違う部分が刺戟されていることに気づきます。ある意味「サイケデリック」ともいえますが、酩酊したトリップ感がまったくない「覚めた(醒めた)サイケ」なのがポイント、ゆえにサイケというより「瞑想的」といった方がいいかもしれません。これはピンクフロイドを超えて、すでにジャーマン・サイケの領域かも。
もともと彼らは様式HMのフォーマットを通してプログレッシヴ・ロックの精神を実践しているようなバンドだったので当然かもしれませんが、彼らはかっての先鋭的なプログレの(外的な楽曲スタイルではなく)内的奥義を完全に自分たちのものにしているようです。ここらへんが同じ「プログレ・メタル」でくくられるDream Theaterとは、音楽のもつ深みが決定的に異なる理由でしょう。

頻繁に聞く作品ではありませんが、本当にどこまで行ってもまだ先があるというか、魅力が尽きることなく、ともに「旅をしていく」ことができるような作品。人生の様々な時節に聞き返し、そのたび新たなメッセージを受け取ることができ、聴き手の成長ともに次第に表情を変えていくような部分が感じとれます。
これはリスナーと「語らう」ことのできる数少ない音楽であり、聴く人によっては生涯の友になってくれるかもしれません。HMらしさうんぬんは抜きにして、紛れもないロックの傑作。緩やかだけど深く濃く浸透していく感触があるので、十年後には今よりはるかに評価が上がってそうな気がします。
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