素人ギタリストさん、この曲、歌詞読みながら聴いてみてください) >素人ギタリストさん、参考までにもうひとつ。僕の場合、空いていれば、優先席にも座ります。優先席であろうが無かろうが、譲るべき人がいれば譲るので。そういう時、勇気を出して「どうぞ」って言えば、普通は「ありがとう」って座ってくれます。(※悪い例として、そこでおばあさんに「失礼ね、私はそんな年じゃないわよ。まだまだ若いんだから」といわれてしまうかもしれません。しかし、それはほっとくべきです。気にすることはありません。僕が逆の立場だったら、例え心の中では「必要ない」と思ったとしても、感心な若者に対して無碍に断ることはしないでしょう。心から「ありがとう」といって、座らせていただきます。だってさあ、自分だって、いずれは「年寄り」になって、体は衰えていくんだから) →要は、「想像力」ですよ。「自分がもし相手の立場だったら」っていう感覚がないといけませんよね。僕はよく人から「オヤジ臭い」っていわれるけど、いいんじゃないでしょうか。僕は「オヤジ臭い高校生」って大好きですよ。尊敬します。 せっかくですから、もうちょっとあなたに言っておきたいです。自分の考えを素直に主張することができるようになると、結果として、「類は友を呼ぶ」ということになります。その考えが理解できる、好ましいと思った人は近づいてくるし、逆に理解できない、「変人だ」と思った人は離れていくし。結局、それが手っ取り早くていいと思いますよ。僕はそうしています。理解し合える人とはより深く接することにつながりますからね。但し、周囲にそれこそ「変人」ばかりいる場合には苦労することになりますが...。でも、結局、それが明らかになるということは、自分にとってやっぱりプラスなんですよ。より良い居場所を見つければいいんですから。 男女の関係でも同じです。自分の考えは初めからはっきり主張していた方がいいと思いますよ。容姿が素晴らしいからって、価値観が異なると、あとでどうしようもなくなりますから。 以上、長々と思ったことを書き連ねてしまいました。皆様、失礼しました。
(ゆ)">
ケータイと優先席
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ケータイと優先席
ゆ (2003-11-08 02:37:00)
>素人ギタリストさん、あなたは正しい!当然ですよ。僕はあなたを支持します。
そんな奴、ほっときなさい。友達...あ、「知人」でしたね。良かった、ただの知人で。仲直りなんてしなくていいんじゃないでしょうか。だって、不可能でしょう。「こっちが悪かった、ごめんね」って話じゃないんだから。友達でいてもよいのは
>「おい、優先席付近なんだから、電源切れよ」といったら、「ごめん、気付かなかったよ」と答えられるような人でしょ。
はっきり言って、その「知人」にしろ、>「少し頭を冷やして周りを見てみると」→の奴らにしろ、僕から見ればそういう奴らは精神的な「障害者」です。あなたは「健常者」でしょう。でも、今の現実として、あなたのような高校生は貴重だと思います。世間にはそういう本当の「障害者」が多すぎますよね。
それに、>「子供の想像力が衰えてきている」のは事実ですし、→結果、5150さんのいわれるように「高校生はマナーが悪い」のも事実ですが、そもそも、親の世代がろくに躾もできずに、ほっといたのが原因でしょう。つまり、親達=今の大人が「そういう子供達が出来るであろう」という「想像力」に欠けていたんだと思いますよ。
あなたが>「短気なガキ」なら、僕は「短気な○×」でしょう。僕の場合、そんな時には>「うぜぇ、くたばれ」の類は使いませんが、注意しちゃいます。だって、そういう人間は「そういう行為が周囲に不快感を与えている」ことに気付いていないようですからね。それを気付かせるのは必要でしょうし、第一、そういう行為を目の前にして、そのまま黙っているのもこっちのストレスにもなります。僕は余計なストレス溜めたくないんですよね。まあ、実際>キムチなべさんもいうように、「そういう事がキッカケで殺傷事件になるようなご時世」であるのも事実らしいですから、相手がどういう反応を示すかってのはありますけどね。
実際に注意して、素直に「ごめんなさい」といって改める人もいれば、「お前に関係ねえ」とかいって歯向かってくるのもいますからねえ。今の世の中、「お前に関係ねえ」っていって勝手なことしてる人って多いけど、こっちは迷惑してるから言ってるのに、「関係ねえ」って...。
とにかく、注意すれば分かってくれる人もいますから、僕はそれでいいと思ってますけど。
で、僕が常々思っているのは「そういう事がキッカケで殺傷事件になるようなご時世」であるのは事実ですが、だからといってそれを容認していていいんでしょうか?ってことなんです。そもそも、こういう社会を作り上げてしまったのは「そういう自分勝手な行為」をしても、それが黙認→容認されてしまうから、つまり、「他人に無関心」な大人たちが、「他人に無関心」な子供を育ててしまったってことじゃないんでしょうか。だとすると、それを「自分に関係ない」と見過ごすことは、→ 一層、そういう傾向を推し進めることに手を貸す、ということに他ならないと思います。
結局、そういう考えもあって、僕は注意してしまうんです。でも、問題なのは「自分の意に沿わない人間には、暴力に訴えてでも反抗する」という類の人間です。というか、そういう態度に出た人間を「黙認→容認してしまう」周囲の人たちが、一番いけないと思います。
①僕が注意する→②相手が暴力に訴える→③それを「見ていても見ぬ振り」のその他大勢
上の例は『誤り』です。②も問題ですが、③がもっと問題です。
→<正しい回答例>②が起きた時に、→③それを見ていた人「たち」が「あなた、それは当然です」と諌(いさ)める(もしくは押さえ付ける)
本当に、そういう「暴力沙汰」は、周囲が力を合わせれば防げると思うんですが。というか、「自分が下手に暴力に訴えようとすると、周りが黙っていない」というのが「当たり前」になれば、多くは改善できるはずです。僕は日本が、そういう社会になって欲しいと願っています。
>素人ギタリストさん、僕は30歳目前の○×ですが、あなたと同様、携帯電話が嫌いなので持っていません。持つ気になれません。(→でも、「仕事上、必要だから持ちなさい」とか言われることが多く、それも事実なので、ポケットベルの導入を検討しています。(→ポケベルってもうないんでしょうか?)無いなら、しょうがないから「ポケベル代わりの携帯電話」って使い方で持つしかないかも)
はっきりいって、僕から見たら携帯電話なんて「コミュニケーション」の道具じゃなくて、「コミュニケーションを破壊する」道具ですよ。いや、実際は使い方の問題なんだけど、多くの人たちは使い方間違えてるでしょう。人間ってどうしても道具の「程よい使い方」ができませんよね。どうしても極端になっちゃって、自らの身を滅ぼしちゃうみたい。今後このまま10年、20年すると、「他人」とまともに会話できない大人がいくらでもでてきますよ。
ほんとにみんな、「道具に使われてる」ようにしか見えない。BOSTONの新作タイトル曲“Corporate America"ですよ。(もしよかったら、>素人ギタリストさん、この曲、歌詞読みながら聴いてみてください)
>素人ギタリストさん、参考までにもうひとつ。僕の場合、空いていれば、優先席にも座ります。優先席であろうが無かろうが、譲るべき人がいれば譲るので。そういう時、勇気を出して「どうぞ」って言えば、普通は「ありがとう」って座ってくれます。(※悪い例として、そこでおばあさんに「失礼ね、私はそんな年じゃないわよ。まだまだ若いんだから」といわれてしまうかもしれません。しかし、それはほっとくべきです。気にすることはありません。僕が逆の立場だったら、例え心の中では「必要ない」と思ったとしても、感心な若者に対して無碍に断ることはしないでしょう。心から「ありがとう」といって、座らせていただきます。だってさあ、自分だって、いずれは「年寄り」になって、体は衰えていくんだから)
→要は、「想像力」ですよ。「自分がもし相手の立場だったら」っていう感覚がないといけませんよね。僕はよく人から「オヤジ臭い」っていわれるけど、いいんじゃないでしょうか。僕は「オヤジ臭い高校生」って大好きですよ。尊敬します。
せっかくですから、もうちょっとあなたに言っておきたいです。自分の考えを素直に主張することができるようになると、結果として、「類は友を呼ぶ」ということになります。その考えが理解できる、好ましいと思った人は近づいてくるし、逆に理解できない、「変人だ」と思った人は離れていくし。結局、それが手っ取り早くていいと思いますよ。僕はそうしています。理解し合える人とはより深く接することにつながりますからね。但し、周囲にそれこそ「変人」ばかりいる場合には苦労することになりますが...。でも、結局、それが明らかになるということは、自分にとってやっぱりプラスなんですよ。より良い居場所を見つければいいんですから。
男女の関係でも同じです。自分の考えは初めからはっきり主張していた方がいいと思いますよ。容姿が素晴らしいからって、価値観が異なると、あとでどうしようもなくなりますから。
以上、長々と思ったことを書き連ねてしまいました。皆様、失礼しました。
→同意