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生存者ゼロ / 安生正
Usher-to-the-ETHER(2014-06-22 13:07:39)
2013年に単行本で発刊され、翌年に文庫化された小説。
「このミス」大賞シリーズという鳴り物入りの刊行。

この小説、読んでる時はそれなりに楽しかったし、災害のスケールが膨れ上がっていく描写にはスリルを感じもしました。ネタバレになるので書けませんが、中盤に物語の根幹に関するどんでん返しがあり、それがあるからこそのスペクタクルでスケールの大きい展開も面白かったと思います。ただ、色々なところで詰めが甘いように思うんですよね…。

まず、無意味に風呂敷を広げ過ぎ。この世界観では、大量絶滅の兆候が現れると、「神」が絶滅すべき運命の種族の誰か(主に兆候となる現象に立ち会った者の中から選ばれる)に語りかけ、その種族の行く末を委ねる「御使い」とする…みたいな設定があるんですが、これは単に「大量絶滅」という自然現象の前兆を、人間の文化や感性で解釈するとこうなるのか、それとも実際に地球意志的な超自然の存在である「神」が存在するのかが曖昧。

更に「『御使い』が絶滅すべき種族から選ばれる理由」や、「『御使い』が『神』の業を肯定的に捉える理由(作中の予言では、『御使い』は『神』の言葉を『あなたの裁きは真実で正しい』と肯定する)」など、読者として最も気になる謎がぼかされたまま終わるのが納得行かない。

一応、作中では何人かが「御使い」(候補?)として見出されるのですが、一人はその重さに耐え切れず早々に退場、一人は薬物で人格が変異し無批判にそれを受け入れ、もう一人は結局最後までそれが何だか良く分かってない…と散々。普通こういう場合、全てを理解した上で受け入れるキャラを用意する事で、そのキャラの理解や心情の動きを通じ、読者と謎の解明を共有していくのでは…。もっと上手い謎解きの方法があれば勿論そっちの方がいいですけど、結局納得の行く答えのないまま終わってしまいますからね…。

第2に、キャラクター造型が甘い。ご都合主義としか思えないタイミングで登場する弓削、無能を絵に描いたような政府陣は特に酷いと思う。特に政府陣、例えどんな政党が政権を握ったとしてもあそこまでの無能は集まらないと思う。政治家を無能に描く事で、災害への対応が後手に回りがちなのを批判したつもりなのかもしれませんが…その無能さの描き方が余りにも現実離れしているので、逆に滑稽に見える。保身に走る権力との対決も描きたかったのかもしれませんが、そこで描かれるべき権謀術数が描かれず、ただ駄々を捏ねるだけの相手ではエンタメの敵役としては役者が足りないと思う。

第3に、展開の詰めが甘い所が見受けられる。例えば、災害の犠牲となった人々が、体を掻き毟ったり倒れ込んだりすれば、確実に何らかの痕跡が体内に残る筈なのに、本職の研究者が解析してもなかなか解明できない。せめて痕跡が残らなかったり、解明できないことに合理的な理由付けが欲しかった。また、災害への解決法が偶発的過ぎて、せっかくのスペクタクルなクライマックスの筈なのに、カタルシスが弱い気がする。「そんな手があったか!」じゃなくて「え?それで解決しちゃうの?」っていう感じ。あと文章自体も読みやすいとは言えないかも。地の文の筈なのに妙に主人公サイドに肩入れしたり、専門的な事柄が要約されずに冗長に説明されてたり、微妙に配慮に欠けるんですよね。

素人目には、専門的な記述は簡潔にして文章量を減らし、代わりに「二つ目の第5の鉢」=「下弦の刻印」と人類の対峙や、「神」「御使い」が暗示するものの解明、及びそれらとの対決なんかを盛り込んで、第2第3のクライマックスを設けてみたり、政府をもっと有能に描き、「主人公勢vs政府vs災害」ではなく「主人公勢&政府vs災害」の構図にして、人間の知性と災害との知恵比べ的な側面をより強く打ち出したりした方が面白かったように思うんですが…。まああくまで素人の意見です。プロの編集者的にはこっちの展開の方が面白いと判断したのでしょう。でもこの謎の解明されなさはちょっと…。

…とまあ、批判ばかりしてしまいますが、中盤までの災害の真実を追う展開はかなり面白かったし、富樫の息子の死が実は大きな伏線になっていたのも興味深く楽しめました。ただ、中盤までの展開を読んで期待したほど、納得の行く後半部ではなかったな…という印象があるのも事実。例えば貴志祐介氏の「ISOLA」や「天使の囀り」のように、伏線を回収しつつ、作中の謎に明確な答えが出るような展開を期待していたんですが…それに答えられていれば、個人的には名作になったかもしれないんですけどね。ミステリーの魅力は伏線の回収にこそあると思うので。

ちなみに、参考文献が災害の原因及びその対処法へのネタバレになってますので、この本を読むときは後ろから読むのは絶対の禁忌です(笑)。

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